mozilla.party.jp 5.0

まだやってたんだっていうか、日本でよくある、ユーザー会ってのは、未だに好きになれません。つうか、こういうのって、メディア的にはいいんだけど、カルトっぽく見えちゃってさ。

オープンソース関連の作者にとって、目に見える身のある行動 (コードを書く。ドキュメントを書く) を示すことが、一番であるんだよなー。それは、昔とあるOSのFilesystem driverをLinux上で書いたときに痛感した。ある意味報告してくれる反面、要求しか書かれてないメールが多数で、うざく感じてしまうことが多かったんだよなー。

samba 3.0日本語版ってのを見たときも思ったことなんだけど、なーんで、リリース前にそれごときのバグをつぶせないの?って思えるわけじゃん。そこがオープンソースの限界の一つと思うんだよね。特にsign offの基準とテスト行程。それがきちんとしてないから、本家のリリース前に、しょぼい0x5c問題ごときつぶせないわけだし。もちろん、Microsoftみたいな会社の方がいいわけでもないし、そこらは、トレードオフだと思うけど。

オープンソース万歳、MS F**Kっていう人は、よほどの金持ちか、判断基準(物事の本質)がいかれているしか思えない。ちゃんとものごとが理解できれば、どっちも万歳って気にはならないってのが、正しい考えかと思うんだが。

金か宗教かって言われたら、私は迷うことなく金を取ります。だって、遊びたいからね!。